2014.09.29

今日は秩父記者クラブにて
新作CD「秩父遥拝」の記者会見をおこなった。
郷土の事をテーマにしているので、記者会見をするべきだと知人の勧めもあり、
初めて記者会見をやってみた。
東京新聞、朝日新聞、毎日新聞、NHK、Mikiki、TV秩父、などの記者が来てくださり、
また、ソニーのプロデューサーも来てくださり賑やかな会見になった。
誰も来ないのではないかと思っていただけにちょっとびっくりした。
10703971_575403369231394_1210184975935967582_n

カテゴリー: ブログ | コメントする

2014.09.27

bukozan

武甲山石灰岩採石場

20070917085445

『僕は秩父が好きであり、嫌いである』
昔の武甲山と今の武甲山を見ると、別の姿をしている。
セメントを採掘し、崩したからだ。
昔の武甲山は緑で、かっこいい。
今の武甲山は削られ、崩壊している、でも、それもかっこいい。
むしろ『過去と今』ここまでの対比ができる山なんて他にないだろう。
仮に、昔の武甲山が縄文的かっこよさであれば、今の武甲山は破壊が生む近未来的な都市、
未来のピラミッド、人造人間、メカ的なかっこよさがあり、
頂上は三角形をしており、古代信仰の対象そのものの姿をしている。

僕は新しい世代の秩父のアーティストなので、地域についてできる限りポジティブに考えようと思う。
現代の武甲山と秩父の関係をリアルに考えると、
『環境破壊の里、秩父』という超難しいテーマがいきなり浮かび上がってしまう。
この町は『環境破壊』を認識する地点に立てない限り未来は来ない。

観光やアニメでの町おこしはいいけれど、
もっと本質的に地域に内在するテーマに近づく事によって、未来はやってくる。
第一に、秩父地域の人々は生まれた瞬間に恐ろしい矛盾を背負わされている。
環境破壊はいけない事であると誰もが知りながら、誰かが毎日山を爆破している。
「嫌だ」と思ってもそれは変えられないし、この町に住む=現実を強制的に押し付けられている。
僕は秩父市民でありながらも、これをどう子供たちに説明したら良いのかがわからない。
『武甲山は一言も弱音を吐かずに、耐えている。ずっと秩父を見守ってきた』とかそういう採掘側の一方的な美談や現実逃避からは現実は見えてこない。
(そもそも山が「採掘しないでくれ」と喋るとでも言うのだろうか?)

武甲山の採掘は昭和初期には反対の声もあったそうだが、それを阻止するのは100%不可能だった。
なぜならそれは武甲山が日本有数の資源であるため、市町村レベルのテーマではなく、
国家、利権、地方ビジネス、すべての事が連鎖しているからだ。
思想、理念、論理、道徳を超え、人間は自然破壊をしたり戦争もする。
そうやって環境破壊や戦争や原発も世界中に存在している。
それについて今ここで論じるつもりはない。

秩父の重要な神社、秩父神社の神奈備山は武甲山だ。(神社の神の山)
秩父は、町、地域ぐるみで山を破壊し、岩を爆破してきた歴史を持つ。
つまり近・現代の秩父の社会思想は神を否定している、とも言える。
しかし一方で、この町には毎年12月3日の秩父大祭(夜祭り)がやってくる。
大蛇窪の蛇神様は、裏切られたこの町に本当に降りてくるのだろうか?
という一つの疑問を抱く事ができる。

今の秩父夜祭りは、カトリックではない日本人が酒飲んで騒ぐクリスマスや、
商業的な意味でしかないバレンタインデーと同じで、本質が崩壊し形だけの存在になりかけているのではないか、
とすら考えられる。
そもそも祭りは、山岳信仰あっての祭りであり、神がいてこその祭りである。
21世紀の秩父において『武甲山の神はまだ生きているのか?』
これは一つのアンチテーゼでもあるだろう。
あの山のセメントのように熔け崩れ落ち、中身(本質)がなくなり、形だけ残ってゆくのが現代の秩父の文化であり、
『秩父の唄』も同じだ。
つまり現代秩父のコスモヴィジョンはこうした『破壊』『崩壊』などから生まれる矛盾、
傷、痛み、閉塞精神、沈黙、文化衰退、劣等感、悲しみ、暗さ、無意識に心の根底に根ずく深層心理的トラウマ、
などから由来しているだろうと僕は着地する。

そこから少しでもポジティヴに思考をメタモルフォーズしてゆく以外に希望が持てない。
政治的にも文化的にも民俗的にも、
今の武甲山の姿は現代の秩父の姿、武甲山は秩父の現状の映し鏡だと言える。
傷だらけな自分たちの体を見ているのに、市民はそれを見慣れてしまい何も気がつく事ができない。
どんな美女(美男)も毎日一緒にいれば飽きて、浮気し、失った時に初めてその大切さに気がつく、
低レベルな例で言えばそれと同じような事だろう。

学者の千島壽さんは「武甲山を採掘した時点で秩父文化は死んだ」と言っていました。
僕は彼の口からそれを聞くのが少し辛かったです。
過去の文化を調査し標本制作およびカタログ化をするのが歴史民俗学や郷土史研究であれば、
僕の活動フィールドはそこにはない。
おそらく僕の活動は文化に呼吸をさせることです。
それは楽譜を呼吸させるのとまったく同じで、音楽家の仕事であり、作曲を始めとする創作活動もその延長線上にあると思います。
だから現実をみる地点に立たないとスタートできない。
秩父地域(僕は横瀬出身で日野田保育所卒。)は自分の育った地域であり、
僕は昔、この地域がずっと嫌いだったけど、ここを無視して今の『自分』のというものは存在しない。
『郷土愛』的な精神は僕にはないけど、自分の根や、自分を構成している精神について考えた時に、
振り返ってみると、毎日12時30分にダイナマイトの爆発音を給食の合図として過ごした幼少の世界観は重大だったと、
今初めて言える。

カテゴリー: ブログ | コメントする

2014.09.25

変な天気で着るものに困る
そして秩父と東京は気温が違うので秩父の服装と東京の服装が同じというわけにいかず
ちょっと面倒くさい時期
冬もそうだけど 秩父の服装で都内に行くと
その格好では都内では暑く そのまま過ごすとどこか過ごしにくく やるせない感じがする

ところで
10月は面白いライブが続きます
全部見てほしい

10月1日は横瀬町の合併60周年記念の式典で演奏します。(これは式典なので一般の方々の入場はできません)
横瀬村が横瀬町になって60年。芦ケ久保と合併して30年の式典だそうです。
式典に慣れていないので、どんな雰囲気の会か全然想像できませんが、
この式典では秩父の仕事歌を歌います。

10月10日は渋谷のタワーレコードにて
『トーク&ミニライブ&サイン会』をします。
今月SONYから発売した僕と藤倉大さんの新作「Manayachana」の発売イベントです。
この日はロンドンから藤倉大さんが来日し一緒に演奏します。
作曲家である藤倉さんが演奏するのを見れる機会はめったにないと思います。
しかもこのイベントは無料なのでぜひどうぞ。

http://tower.jp/store/event/2014/10/003032

10月12日は金沢21世紀美術館で演奏します。
粟津潔展にて『高橋悠治×秩父前衛派』での演奏パフォーマンスです。
粟津潔さんという偉大な芸術家の作品展で演奏できるのは本当に光栄です。
高橋悠治さんとの演奏も久しぶりなのでかなり楽しみ。

https://www.kanazawa21.jp/data_list.php?g=17&d=1718

10月18日は丸木美術館にて秩父前衛派のライブです。
粟津潔さんのポスターに囲まれての演奏です。
演奏は:笹久保伸、青木大輔、イルマ・オスノ
トーク:粟津ケン
—-
ぜひいらしてください。

http://www.aya.or.jp/~marukimsn/kikaku/2014/2014godzilla.html

10月26日は渋谷のラストワルツにて『秩父前衛派』のイベントです。
内容は
・椹木野衣×笹久保伸のトーク
・秩父前衛派の映画上映(8mmで上映予定)
・秩父前衛派による演奏

http://lastwaltz.info/2014/10/post-13163/

カテゴリー: ブログ | コメントする

2014.09.23

《秩父の土着的前衛性について》

秩父はエネルギーのある場所だ。
そのエネルギーの本質は地域性から生まれるシガラミや、山に囲まれた閉塞感や
コンプレックスetc…からの反動によって生まれる前衛的なエネルギーだと言える。
閉ざされた環境からの反動とでもいうか。
実際に秩父に関わりを持ち活躍したアートの人々を見ても普通の感じの人はほぼいない。
あえて名前は書かないが。

普通の秩父の人間は、そもそも誰でも前衛的精神を隠し持っている。
それはアイデンティティであり注目に値する。(主観的に見るとそれは時にかなり面倒でもあるけど。)
この時代はメディアの影響もあり、思想や信仰を含む古来の郷土精神が崩壊し(破壊され)、すべてが平均化されようとしている。
それは都市からの影響であり、『都市と地方』というヒエラルキーの関係性上必然的にそうなってくる。
残念ながら地方政治家はそのヒエラルキーの中で歯車を逆回転させる事はできないので、地方政治はなかなか歯車が回転しない。
ただ、それは政治においての話でアートは違う。

僕は一度海外に出た影響もあり、主観的に秩父に在住しながら客観的に秩父を見るという事を続けているうちに秩父の人々との会話の中に前衛性を垣間みる事ができるようになった。
当事者たちはそれに気がつかないし、今の時代において人々はそれを必要としていない。そもそもそれを意識をしているはずがない。
僕は2008年にアート運動を開始し、秩父前衛派として活動しているが、
いわゆる「前衛アート」に取り組んだ事は一度もない。
秩父の『前衛性』に着目して創作活動をしている。

「秩父の前衛性?お前は一体何を言っているんだ?アホか?」
という人もいるだろう。

しかし秩父の前衛性はたくさんある。
例えば、古代秩父の信仰の対象であり、秩父神社を始めとする秩父中の神社や、秩父夜祭りにおいて最も重要な意味を持つ聖なる山、
武甲山を、21世紀になった今でも毎日ダイナマイトで爆破し、毎日環境破壊を黙視し続ける事のできる秩父市民。
それだけを見ても、この21世紀において前衛的と言えるだろう。
(※僕は今ここで、採掘反対を訴える文を書いているわけではない。これは秩父の前衛性の一つの例を書いているだけ。)

毎日12時35分頃に爆破される武甲山のダイナマイトの音を聴いて育った子供が、その反動による刺激で前衛的なアートをくり広げる、
それは全然不思議な事ではない。
1年に365回のダイナマイトの音。
秩父の人々はどんな最前衛のエレクトロニカの音響よりも刺激的なサウンドを毎日生で聴いているわけだ。
0歳〜18歳まで、つまり高校卒業まで秩父にいたとしたら、6570回のダイナマイト音を耳、脳、心臓、全身に感じて生きている事になる。
意識するか無意識かは別として、それは現代秩父の人間誰にとってもの潜在的な傷であり痛みであり、コンプレックスであるはずだ。
簡単に答えが出るテーマであるはずがない。
エネルギーはそういう所からやってくる。
どんな理由からも生まれる。
それだけではない、秩父はその「理由」があまりにたくさんある場所だ。

この町には巡礼札所が34カ所ある。機織り産業で栄え、携わった人々がたくさんいる。金山も1700年代から今でも残っている。
金持ちがいて、農民もいて、貧富の差は激しかった。
民話、民謡、郷土芸能、神楽、獅子舞、人形芝居、年間に400以上の祭りがあり、それは神が多い地域だという証でもある。
古くは縄文時代から人が住んでいた。
日本で唯一の革命とも言われる秩父事件の起きる背景には秩父の風土が関係している。とにかく本質的にエネルギーがある。
(それが好きか嫌いかは別として)

先日美術雑誌に取材された時に僕は、『今の日本で新しい何か(アートや音楽も含む)が生まれる可能性があるとしたらまず秩父だと思うし、そうでなければ地方出身者が地方で何かを始めた時に何か生まれる可能性があると思う』と答えた。

熊本でも、八戸でも、盛岡でも、石巻でも、川俣でも、釧路でも、どこでもそういうのがあると思う。
そういう地方(都市ではなく)から発信して何かしている人っていたら、それはかなり気になるし、価値あると思う。
アーティストは周りに気をとられてエネルギーをこぼさないように注意しなければいけない。

アートをする上で「郷土」は最強に難しいテーマで、郷土はアートになりにくい。
郷土をアートに還元できたらすごいし、それは僕の理想でもある。
当たり前だけど、伝統文化が残る郷土でアートや前衛的な事をしても受け入れられる事はまずない。むしろ拒絶される。だからアーティストは普通は郷土を捨てる。
しかしそれに耐えて郷土で続けるのもまた前衛か。

カテゴリー: ブログ | コメントする

2014.09.22

《笹久保伸、記者会見やります。》

2014年9月に『秩父遥拝』という秩父の滅びた仕事歌を集めたCDを出しました。
9月29日の11時に記者会見を行いますので、記者の方々はぜひお越し下さい。
そして友人知人に記者がいる方々、ぜひ告知をお願いします。
大手新聞、地方新聞、雑誌….etc.お待ちしています。
場所は、秩父市役所の3階にある『秩父記者クラブ』にて、11時から。
(※今の秩父市役所は歴史文化伝承館の中です。)

http://mikiki.tokyo.jp/articles/-/2868

カテゴリー: ブログ | コメントする

2014.09.18

9月23日に下北沢のラカーニャでアンデス音楽のライブします。
久々のバンド編成です。
今日はリハーサルでしたが、楽しいライブになると思います。
新しいPV動画を今日アップしました。(普通にiPhoneで撮っただけですが。)

https://www.facebook.com/video.php?v=624290437687817&set=vb.100003205982109&type=2&theater

ところで
昨日ソニーから新作アルバムが発売になりました。
聴いてください。
Manayachana_cover-1

カテゴリー: ブログ | コメントする

2014.09.12

Popolu vuhとCanを聴きながらブログを書いていますが
最近涼しくなったせいか それとも夏の芝居の疲労からか 
それとも ここ数ヶ月の休息無しによる多数のCD制作の疲労からか
疲れを感じている 
慢性的に眠く そして生活費がない 
厳しい状態になってきた

風邪をひいたのか喉が痛い
ギター弾かずに風邪をひいていては暮らしがたたない

9月17日に『笹久保伸×藤倉大』による新作
ManayachanaというアルバムがSONYから発売になるので ぜひ聴いてください
その他「すてたろう」「秩父遥拝」という僕の渾身の作が数日前に発売になりました

9月21日は池袋のタワレコでインストアライブします サイン会もします
15時からタワレコのワールドミュージックコーナーで

9月23日は笹久保伸×Irma Osnoのライブを下北沢でやります
下北沢のラカーニャで19時から
今回はバンド形式でアンデス音楽だけやります
ぜひ来てください 

カテゴリー: ブログ | コメントする