2012.04.12 parte 2

「裸にしても純粋な心」
これは金で買えない
金で買えないものを作りたい 
物理的にそれを作るのは無理だ
金で買えないものを作るのは創作行為と言うよりはむしろ捜索行為だ
何でも「価値」をつける事ができる ゴミだって買う人がいれば 価値ができる

「裸にしても純粋な心」に「金銭的価値」はない
これが欲しい
どうにかして心だけは大人にならないようにしたい
勉強して知識が増えると 発想がくだらなくなる
知識を増やしてから創作しようとしても
そのゴミの蓄積からは ゴミの寄せ集めしかできない

ほとんど何も勉強せずに何かを作る事ができれば これほど美しい事はない
覚えた知識ごときに 自分の発想を左右されるのは よくない
知識には価値があるが それはゴミの価値と同じ価値だ
「裸にしても純粋な心」には金銭的価値がない
人間が成長していく過程とは ある種 持っているものを抑制しゴミを集積していく過程にすら見える

どこもかしこも うそばかりで
こうなると
今 ここで自分が息をしているのも誰かのついた噓なのではないか
とさえ疑りたくなる

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