2012.09.11

この前ケーナの山下洋平さんと話していて同意見だったこと
伝承音楽をコンサートで紹介するというのは色々な意味で
かなり難しい

田舎にいる人をそのまま舞台にのせれば
田舎のような音楽を演奏するだろう
それは文化紹介としては素晴らしいかもしれない
しかし 文化はいつも(現地)にあり 舞台上にはない
文化の紹介としてその「音楽」だけを抽出する事は不可能だ

演奏する人間として
文化の一部としての音楽にも興味があり 深く尊重しているが
「ある民族の文化としての音楽」
という価値以上に
音楽家のアート(仕事)として創作に興味がある
つまり その現地人が
研鑽に研鑽を積み重ね
彼らの音楽を母体に「その民族音楽ではない」何か別の新しいものが作れたら
それはかなり素晴らしいだろう

今度来日するノルテ・ポトシというボリビアのバンドすらも
やはり
「現地の石を拾って、その石をそのまま別の場所で売る」
という事しかやっていない
裏から見れば
その石は外国にはない石だから 珍しい
ただ それだけの事になってしまう
それを言い換えれば どの民族音楽も地球単位で考えれば
石の価値はどれも同じである という事になる

それはワールドミュージックが流行し始めて40年もたつが
未だに「ごく少数の民族音楽マニア」にしか聴かれない音楽である第一の原因かもしれない

その石をダイヤモンドにまで磨き上げる技術を研究する
という発想はまだないし
その「方法」もわからない
試された例はいくらでもあるが
石を加工し 石が粉々になったり 石以下のホコリになって消える

音楽は色々あり
人々の生活とはもう直接結びつかないものもある
それは俗に言う芸術音楽と言われる現代音楽もそうだろうし 
大衆音楽であるはずのポップスも農民の仕事歌とは別のところにある
また、AKBとか ただCDを売るためだけに作られる音楽もある

音楽や音楽のような物が腐るほどに溢れている今
この時代の聴衆は何を聴こうとしているのだろうか?
また音楽家たちはどこを目指しているのだろうか
「かっこいい音楽を」という名の下に
自分の美学に基ずいた理想の音を追い求めるもいいだろう

音楽は宙に浮いていない

音楽家はたくさん考えて
でも
まるで何も考えていないように演奏しないと

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