2015年3月28日

新作(音楽作品)を作るために民俗学(日本の古代信仰)を勉強している。
日本古語で蛇の事を「ハハ」と読んだらしい。
もしも秩父神社の柞の森が母巣森ではなく、本来は『蛇巣森』だとしたら、
すべてが理解できる。

武甲山の武山に大蛇窪という故地がある。
柞の森(蛇巣森)→御旅所→武甲山の大蛇窪は南北に一直線で繋がっている。
昔の秩父夜祭りは、山車が進むルートが現在とは異なり、神社から番場を通り御旅所に一直線上に進んでいた。
それはこの南北の線上を進んだという事になる。

古代秩父の信仰の蛇、これは縄文に由来すると同時に信州の諏訪信仰にも由来している。
秩父夜祭りは武甲山の神と秩父神社の神が年に一度出会う、とされている。
しかし武甲山の本妻はお諏訪様。
つまり妙見信仰が入ってくる以前の秩父の信仰が蛇神を祀る諏訪信仰であったという事の名残では。

古代信仰によると蛇は祖先霊であるらしい。
プリミティブに考えると、祭りは祖先の霊を鎮魂する祭りだったのだろうか。
蛇神を山に還す=祖先の霊を嶽山(武甲山の古名)に還したのか。
と同時に、蛇は水神であろ、田んぼ、農耕の神でもある。
それは古代の人々が蛇の姿を男根と考え「種」つまり農耕の五穀豊穣や子孫繁栄的な意味も含む信仰があった、
というような事が資料に書いてある。

なぜお祭りが12月3日だったのだろう。
そもそも12月3日だったのかはわからない。
陰陽五行あたりにヒントがありそうだけど、まだわからない。

カテゴリー: ブログ パーマリンク

コメントを残す

以下に詳細を記入するか、アイコンをクリックしてログインしてください。

WordPress.com ロゴ

WordPress.com アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト /  変更 )

Google フォト

Google アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト /  変更 )

Twitter 画像

Twitter アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト /  変更 )

Facebook の写真

Facebook アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト /  変更 )

%s と連携中