2015.10.18

自分を整理する事で次の方向性が見えてくる。

僕は0歳〜1歳までペルーで育ち、その後、20歳まで秩父で過ごし、その後、25歳までペルー、その後31歳まで秩父に住んでいる。
生まれた環境の影響でアンデス音楽を聴いて育った。
それと並行しながら9歳〜20歳までクラシックギターの勉強にのめり込んだ。
21歳〜25歳までかなりの意欲と精神を持ってペルーに滞在しアンデス音楽の研究や様々な挑戦をした。

26歳〜31歳までは「自分が何なのか」について悩んだ。
その理由は、現代の日本の多くの部分は文化的には根無し草なので、その土壌で育った人間がクラシックをやってもロックをやってもジャズをやってもフラメンコをやっても、
フォルクローレをやっても、他国のもので何をやってもすべてニセモノまたはオリジナルの『代用品』以外の何ものでもないとしか思えなかったから。

27歳の頃、その理由は音楽技術や精神的な問題ではなく、アイデンティティや民族のイデオロギーに由来するという事はわかった。
が、どうしたらいいのかがわからず、とりあえず『秩父前衛派=Chichibu Avantista』を開始し、その芸術活動を通じて思想やアートはもちろんとして、それ以外の何かを導き出そうとした。
秩父前衛派の初期は仲間である清水悠氏と青木大輔氏たちと色々な活動をした。それはおもに調査と実験だった。
清水氏と4年間ほど秩父を放浪しながらフィールドワークした。
その時点ではそれはほぼ遊びの延長上で、その動きがその後の秩父前衛派のイデオロギーや思想の原点になるとは思っていなかった。

2014年になると、表面的な音楽以前の問題としての土地や個々のアイデンティティについてを考えるようになった。
秩父の仕事歌を集めて録音したCD「秩父遥拝」はそんな中で制作した。
先日偶然の流れで一緒に旅をした映画監督のJavier Corucueraは、『民族のアイデンティティを伝えるには歌がいちばんだ。』と言っていた。
アイデンティティを考えているうちに、地元秩父の武甲山の事を思い出した。
秩父地域の民俗信仰上の神の山の破壊、これはこの地の人々のアイデンティティの直接的な破壊であり、現在進行形で進んでいる大きな問題だと思った。
山の破壊は単に環境破壊ではなく、宗教、民俗、文化、すべての破壊である。
そんな中でできたCDが『PYRAMID−破壊の記憶の走馬灯』
そして同タイトルの映画を2015年に作った。
https://www.youtube.com/watch?v=5_tLEaApX34

人々が暮らすという事は=様々な歴史があり、それは必ずしもキレイな事だけではない。
華やかなものの裏には必ず表からは見えない部分というものがあり、それも土地のアイデンティティの重要な一部である。
そうこうしているうちに、「この曲がただ好きだから」「かっこいいから」という理由だけで何かを演奏するというような音楽活動を続ける事が難しくなった。

日本人のアイデンティティとは何なのか、と考えるときに僕は国家としての日本というものは見えて来ない。
見えてくるのは秩父の、顔の見える範囲の人々が醸し出すアイデンティティ。
つまりアイデンティティというのはそもそも広範囲のものではなく、そういうものなのだろうと思う。

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