2016.02.07

【武甲山の変化と清水武甲についての思考】

秩父の伝説的な写真家、清水武甲は美しい武甲山を撮った。
清水武甲はどうして武甲山をたくさん撮ったのだろうか?
まるで近い将来破壊されるのを予測し、その記録のスタートを撮るかのように美しい武甲山を撮り始め、そして武甲山を撮り納めた。

私たちの時代には、もうあの美しい武甲山はない。
里の人々が武甲山に見ているのは『武甲山の幻影』だろう。

清水武甲が撮った美しい武甲山はもう誰にも撮れないが、清水武甲が撮れなかった武甲山の残骸が私たちの目の前にある。
記録という視点から見れば、痛々しい残骸を撮り続ける事も必要なのかもしれない。
芸術という観念においては破壊も含めた美学というものが存在する。
例えば、破壊の歴史を含めた上で、ボロボロに爆破された神の山の残骸を撮り、記録とはまた別の意味での写真芸術上の美学を映し出す事もできる。
ただ、それは悲しい事だ。

地域の象徴とされる武甲山は、観光ポスター、祭りポスター、イメージキャラクターなどにしばしば登場する。
武甲山は確かに現代においてもこの地の象徴であり続けるが、それはもうこの地の歴史や文化や里の美の象徴ではない。

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