2015.04.18

5月に上映される自分の映画の解説を書いている。
映画の解説を監督本人がすると夢がなくなり説明っぽくなる場合があり、
それは必ずしも良い事だとは思わないが、
だけどこれはある種、特殊な映画でもあるので解説を書く事にした。
(※映画についてはこちらに記事が:http://mikiki.tokyo.jp/articles/-/6226)

秩父には映画館もないし、まず秩父では上映される機会はないと思うので、
5月3日、東京で待っています。
三軒茶屋KENにて15時から。
以下、映画解説文。
———————
秩父前衛派New Chichibu Documentary
『PYRAMID 破壊の記憶の走馬灯』
ピラミッドは三角形だ。
しかしピラミッドを構成する個々の石たちは、実は四角だったり、歪だったりする。
遠くから見るのと登ってみるのとでは印象が違い、尾根の稜線や表面の凹凸断面の立体感は実際に歩いてみないと見えてこない。

三角形は古代から信仰のシンボルだった。
それは山であり、山がない場所には三角形の建造物が建てられた。
ピラミッドは社会構図でもある。
国家も政治も会社も宗教も、みんなピラミッドで構造を例える事ができる。
社会構造や宗教観などで例えればピラミッド(三角形)のいちばん頂上はリーダーであったり、宗教であれば信仰の対象になるのだろう。
水は上から下へと流れ、地底湖に溜まる。
だけど、この映画はそういう映画ではない。

秩父ではセメント採掘のために神奈備山(神体山)である武甲山が今でも毎日ダイナマイトで爆破され続けている。
この地域の民俗信仰の中心にある武甲山(神奈備山=神の山)が
21世紀になっても毎日ダイナマイトで爆破されているというのはある意味すごい話しで、
それは「ダイナマイトで毎日爆破される神」=人間が神を殺す風景が日常の景色として秩父に“転がって”いる、という事でもある。
そんな情景の日常は、日常でありながらも幼少期の僕に衝撃を与え続けた。
12:30分に爆破されるダイナマイトは小学校、中学校に聞こえてきて、
爆破音は子供達にとってのお昼のチャイムでもあったし、
神の生死は人間の都合に左右されるものなのだと、子供の頃に無意識のうちにこの町で学んだ。

『そういうものの破壊の上に私たちの文明の繁栄は築かれていますね。』
ある日、坂本龍一さんとチャットで会話している時に環境破壊の話しになり、
映画アイデアをインスパイアされ、それらをこの映画に反映させている。

僕は、天然記念物の植物が生息している神体山をダイナマイトで爆破し続ける事ができる秩父の民の「前衛性」に興味がある。
武甲山は爆破され続けた結果『ピラミッド』になっている。
山頂も爆破され、雨乞岩、幕岩、三ツ岩、屏風岩、飯盛山、西尾根、山の神、空峠、
ほぼすべての信仰の場所が爆破され消滅しセメントになり、都会のビル群になった。

セメント産業以前の秩父では養蚕が産業だった。
蚕を育て、繭ができたら幼虫は成虫になる事なく茹でられて死ぬ運命にある、
その表側に機織産業が存在し、労働者と雇い主のピラミッド関係がが生まれ、仕事歌も生まれた。
機織産業の主役は殺された蚕であり、それを紡いだ女工たちでもあるはずだが、
世の中の仕組みも武甲山のようにピラミッドであり、蚕も女工も影の記憶となっている。
秩父の石、糸、ダイナマイトの風景からは、厳しさや、悲しみ、前衛性、破壊的ノスタルジーを感じる。

この映画は秩父を舞台に約一年半かけて8ミリフィルムで撮影しています。
映画の中には8ミリフィルムによる長時間露光撮影による映像が度々使われていて、
動きが残像のように高速で進んでゆきます。
それは「ピラミッドの、破壊の記憶の走馬灯」なのではないだろうか、と思う。

笹久保伸/秩父前衛派

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2015.04.15/No2

僕が監督した映画作品『PYRAMID』が5月3日に東京・三軒茶屋KENで上映されます。
15時から上映します。
この新作と、過去に発表した映画『犬の装飾音』も上映されます。

新作は秩父で1年半以上かけて撮影した8ミリフィルム映画作品です。
よかったらぜひ観にきてください。

Mikikiによる映画に関する記事。
http://mikiki.tokyo.jp/articles/-/6226

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2015.04.15/ No1

今日は地元・横瀬町の武甲山の御嶽神社の里宮の神楽を見に行った。
特殊な空気が流れていて、不思議だった。
春の柔らかい空気が流れ、のんびりした時間で、極楽っぽい印象だった。
非常に面白かった。
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2015.04.08

あっという間に4月になっている。
今日は雪が降り寒い。

春はキライであり、毎年この時期恒例の憂鬱な日々を送っている。
憂鬱とはいえ、ギターを弾き、演奏し、レコーディングをし、登山をし、調査をして過ごしているので、
憂鬱でない時とまったく同じ生活をしている。
手の故障をしてからストイックな練習はやめていたが、ストイックな練習を復活させたい願望が蓄積してきた。

新作アルバムのレコーディングはほぼ終わった。
今年は2枚のアルバムを出す。
1、『高橋悠治ギター作品集』
2、『PYRAMID』(秩父前衛派)
秩父前衛派のほうは自主制作なのでお金がなく募金をお願いしてます。
よろしくお願いします。

5月には自分が監督している新作映画が東京で上映されるので、その準備もしている。
なので何かと忙しくしている。
——-
多摩美の芸術人類学研究所発行の冊子
『Art Anthropolgy』に美術批評家の椹木野衣さん×笹久保伸の対談
『秩父前衛派トーク』が載っています。
秩父の話し、秩父とアートの話し、絹、武甲山の話し、絹、カウンターなどについて話している。
冊子は多摩美で入手可能のようです。

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2015年3月28日

新作(音楽作品)を作るために民俗学(日本の古代信仰)を勉強している。
日本古語で蛇の事を「ハハ」と読んだらしい。
もしも秩父神社の柞の森が母巣森ではなく、本来は『蛇巣森』だとしたら、
すべてが理解できる。

武甲山の武山に大蛇窪という故地がある。
柞の森(蛇巣森)→御旅所→武甲山の大蛇窪は南北に一直線で繋がっている。
昔の秩父夜祭りは、山車が進むルートが現在とは異なり、神社から番場を通り御旅所に一直線上に進んでいた。
それはこの南北の線上を進んだという事になる。

古代秩父の信仰の蛇、これは縄文に由来すると同時に信州の諏訪信仰にも由来している。
秩父夜祭りは武甲山の神と秩父神社の神が年に一度出会う、とされている。
しかし武甲山の本妻はお諏訪様。
つまり妙見信仰が入ってくる以前の秩父の信仰が蛇神を祀る諏訪信仰であったという事の名残では。

古代信仰によると蛇は祖先霊であるらしい。
プリミティブに考えると、祭りは祖先の霊を鎮魂する祭りだったのだろうか。
蛇神を山に還す=祖先の霊を嶽山(武甲山の古名)に還したのか。
と同時に、蛇は水神であろ、田んぼ、農耕の神でもある。
それは古代の人々が蛇の姿を男根と考え「種」つまり農耕の五穀豊穣や子孫繁栄的な意味も含む信仰があった、
というような事が資料に書いてある。

なぜお祭りが12月3日だったのだろう。
そもそも12月3日だったのかはわからない。
陰陽五行あたりにヒントがありそうだけど、まだわからない。

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2015.03.11

3月21日に秩父市の上町にあるワプラスというカフェでライブします。
(西武秩父駅から徒歩12分くらい)
アンデスのギター音楽と秩父の音楽を演奏します。
19時からです。詳細はこのチラシに。

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2015.02.25

笹久保伸、新作を録音しています。
助成金を申請しましたが見事に落ち、制作資金がまったくなく、
皆様に制作のための寄付をお願いしています。
僕の音楽に賛同いただける方、よろしくお願いします。

募金者の方々へのお礼として、
◉募金者の方々のお名前をCDに記名します。(本名、会社名、ニックネーム、など)
◉募金者の方々には完成したCDを一枚差し上げます。

振込先は
埼玉りそな銀行
秩父支店(普通)
4530112
ササクボシン

このアルバム制作の動画1
https://www.facebook.com/video.php?v=697658673684326&set=vb.100003205982109&type=3&theater

動画2  

このアルバムは秩父での活動からのコンセプトに基づいていますが、
アンデス音楽、現代音楽、秩父音楽、クラシックなどを漂流したところでさらに彷徨い続けている音楽です。

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